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食べることは生きる力

ミキサー食

 

Kさん(34歳)

 

 息子は、難産のために酸欠状態が続き、帝王切開後には、前頭葉、側頭葉、頂頭葉の脳細胞に大きな損傷をもって生まれ、脳性麻痺、精神遅滞、てんかんを負うことになりました。

 しかし、息子はかけがえのない大切な存在であり、私達の尊い宝です。そのことを息子に伝えるためにも、共に一生懸命に問題に向かっていきました。てんかん発作が続き眠れない日々、成育の難しさや、食物アレルギーによるアトピー性皮膚炎、中でも特に難しかったのは、「食べること」でした。食べたいのにむせてしまい、食べ終わった後に喘息のようなゼロゼロやヒューヒューとする症状がでました。そこで、親が口で咀嚼し一塊にしてあげると食べることができるようになりました。当時はミキサーや、トロミ剤もなかったのです。

 イモ類やおはぎ、ネギトロなど、柔らかくひと塊になり易い状態のものを用意すると、飲み込みが上手になっていきました。すると、笑顔が増え元気になっていきました。

しかし、成長期になるにつれて側弯や骨盤のゆがみなど、身体的な変形が顕著になっていきました。それに伴い、23歳過ぎには、食べることが難しくなっていきました。唾液の量が減り始め、食後の喘息様も頻繁にみられるようになっていきました。肺炎をおこして入院にならないように気をつけながら、トロミ剤をふんだんに使いましたが、次第に痩せ細っていき、体力も目に見えて落ちていきました。主治医の先生も困惑されていました。

 途方に暮れる中、重症身障者のための摂食外来を訪れました。そこでの診察と検査により、食べものが気管に入る可能性が高く常に誤嚥性肺炎の危険があること、逆流性食道炎により喘息症状が起こっていることが判明しました。医師の勧めにより一大決心をして胃瘻を造設しました。側弯や骨盤の変形が大きいので、負担の大きい外科的手術となりましたが、その後には今まで食べられなかった美味しいどんな食べ物でも、胃ろう食注入で食べることができるようになったのです。噴門形成術はできなかったのですが、さらにとろみをつけたミキサーペースト食に調理し、注入することで、逆流症状を抑えることができました。息子の食事は、安全で夢のような時間へと全く変わりました。アトピー性皮膚炎も完治したので、卵も鶏肉料理、小麦粉入りのピザも注入できるようになりました。薬の取りこぼしもなく、ゼリー状水分もたっぷり摂ることができます。小松菜とリンゴのスムージーやウナギのかば焼き、玄米粥も簡単に調理できます。息子の変化は、目を見張るものがありました。衰弱していた身体と心は次第に元気を取り戻し、食事の時間が近づくと声を出し、目をキラキラさせ両手を合わせて口を動かして、「早くちょうだい」と催促します。食べることが辛かった息子が食べる喜びを知り生きる力を得たのです。

 ミキサー食を通すことが容易にできる「既存規格接続コネクタ」は、息子の「いのちづな」です。大切な必需品であり、息子が生きることに直結しています。既存規格接続コネクタを継続して使えるようにして頂くことを切望します。